2008年03月18日
アレクセイ・レオーノフの偉業
本当にはじめて見た時には感動いたしました。
アレクセイ・レオーノフ(ロシア語:Алексе?й Архи?пович Лео?нов, 1934年5月30日 - )はソビエト連邦の宇宙飛行士。1965年に世界で初めて宇宙遊泳を行った。
レオーノフは、ソビエト連邦において、1960年にユーリイ・ガガーリンらとともに最初の宇宙飛行士として空軍から選抜された20人のうちの一人であった。
1965年3月18日7時UTCにボスホート2号に搭乗し、パベル・ベリャーエフ大佐とともにバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。UTC18日8時34分より約10分間、宇宙遊泳を行った。ボスホート2号は3月19日に帰還している。このとき、宇宙服内の気圧が上がりすぎ、服全体が膨張し、手を握ることも出来ず、エアロックを通って船内に戻ることが出来なくなったため、与圧バルブを開いて空気を逃がして漸く事なきを得た。この事実は当時は発表されることはなかった。 (なお、宇宙へ ?冷戦と二人の天才?では、ここでコリョリョフの指示があったと描写されているが、実際にはレオーノフの独断であった。このことはレオーノフが自著「アポロとソユーズ」に書いている)
1968年からはソビエトの月着陸計画のメンバーに選抜されている。しかし、宇宙船の開発の遅延とアメリカ合衆国のアポロ計画の成功により、ソビエトの月着陸計画はキャンセルされた。
1975年にはソユーズ19号に搭乗し、アポロ18号とのドッキング(アポロ・ソユーズテスト計画)を行っている。
1976年以降は宇宙飛行士の育成にあたり、1991年に引退している。
フィクションの中の「アレクセイ・レオーノフ」
映画・小説『2001年宇宙の旅』の続編として作られた小説『2010年宇宙の旅』(映画化されたタイトルは『2010年』)では、前作で木星周回軌道上に放置された宇宙船「ディスカバリー号」の調査のために、アメリカ合衆国とソビエト連邦が、威信をかけた競争を繰り広げる。妥協の産物としてソビエト連邦は、アメリカ合衆国の調査チームを自国船に同乗させることに同意する。
このソビエト連邦の宇宙船の名は、「アレクセイ・レオーノフ」であった。小説出版は1982年、映画公開(アメリカ)は1984年で、レオーノフは「未来に、国家の威信をかけた宇宙船にその名が命名されることにリアリティがある」というくらいに高名な宇宙飛行士であった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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